こんにちは。体癖はじめの一歩、講師の吉沢です。
「体癖こぼれ話」と題しまして、その時々の気づきをお話していきたいと思います。よろしければお付き合いください。
「映画、ドラマ、舞台などで演じる役者さんの体癖診断はどう観たらいいですか?」という質問を受けることがあります。
大抵は診断する前の想定問答の印象を受けます。というのも、診断をしてみたら別の問い方になるからです。
【まず、やってみてください】
というのが答えです。
講義の中で別の回答をしたことがありますが、丁寧に応えることは必ずしも親切とは限りません。まずやってみると自分が何をみているのかがわかります。
以下はその丁寧な回答ですので、演者の診断に興味がある方は、ご自身でやってから読んでみてください。
─□Actorの診断────────
私の場合は役者様御本人の診断をします。しようと思って診断をすることもありますが、慣れてくると必要に応じて目に飛び込んでくる感覚です。
脚本と本人の体癖が一致しているかどうかは又別の軸です。
体型をみて、身体全体から出る雰囲気、お顔立ちや動き方をみれば診断には充分な情報があります。
役柄の体癖は脚本に描かれる感受性を診断します。
それらが合致すると、まるでその役者様御本人の為の脚本であるように思いますし、合致せずとも体癖を越えて演じている技量が伝わり、感動することが多々あります。
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この質問を受ける時に感じるのは、無意識的に自分のモチベーションを他人に委ねているということです。
自戒を込めて少し辛口になりますが、間違う前に正解の方法を知ろうとする、より如実に言えば、自分で実行する前に「誰かの決めた正答がある」と盲信しているというのは、戦後教育の賜物でしょう。学校などの組織団体ではよく見られる光景です。無意識的に、自分で失敗する機会を封じてしまいます。また、とりわけ褒める教育の弊害は、他人の評価というご褒美のために答えを出そうとすることです。
失敗する可能性を封じるのはそこに恐れがあります。間違うことが怖いとき、その感覚を見つめてみると、自分自身が誤りを咎めていることに気付きます。
日常でも同じです。例えば、ネガティブな感情になったとき、その感情自体で憂鬱になるというより、「こうなっている自分が嫌だ」と自分を咎めたときに初めて負のループに入ります。
感情や感覚はそれをそのまま見つめてしまえば終わりが来ます。これは秘伝です。そのまま見つめるというのは『今、怒ってるな』『なんたが落ち込んでるな』と抱いた感情を自覚することだけを指しています。何故?と理由を探さず、それだけに留めるのです。
重要なのは、自分の行動も感覚も感情も、それに評価を付けているのが自分以外にない
という事実です。その事実に心から納得すると一つの平安がやってきます。
評価するのが悪いことだと言いたいのではありません。それすらも、自分がどんな秤でもって世界を計測しているのかがわかる瞬間です。
体癖診断をしていると、ドキッとする瞬間が時折やってきます。
そのたびに自分の秤の単位を知り、その単位を手放すたびに体癖診断が出来るようになっていきます。
自分の枠組みを外していくことで、他の体癖をそのままの姿で体感できるようになるからです。自分が成長するほど、体癖が視えてくる。それは、この文脈でも語ることが出来ます。
吉沢
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